(誕生日を忘れたシングルマザーの孤独感を共感し、向き合う方法を探ります。)
誕生日を忘れた日
12月のある日、仕事から帰る途中、ふと子どもを保育園から迎えながら、「あ、今日は私の誕生日だ」と気づきました。
朝の支度をしながら、仕事をしながら、子どもの夕食を作りながら、その「誕生日」の存在をすっかり忘れていたのです。
その瞬間、私の中にあったのは「別に悲しくない」という感覚でした。
むしろ、「誕生日?なんですか?」というくらい、その日が私の人生にとって意味がないと感じてしまったのです。
この感覚が、まさに「シングルマザーの現実」を象徴しています。
日常の中での誕生日の存在
いつもの朝の流れの中で、子どもを起こし、朝食を作り、着替えさせる。
その中で「あ、今日は私の誕生日だ」と思い出すのですが、その思い出しがほんの一瞬で、すぐに日常の忙しさに飲み込まれてしまいます。
誕生日だからといって、特別なことが起こるわけでもなく、いつもと同じ朝が過ぎていくのです。
孤立感と誕生日

職場に着いて「おはようございます」と挨拶する時、心の中で「あ、今日は誕生日」と思うのですが、誰もそのことを知りません。
まるで自分の誕生日が消えてしまったかのようです。
昼休み、同僚がコンビニでお弁当を買っている姿を見て、「あ、ケーキでも食べたいな」と思う瞬間もありますが、一人でスーパーに行って一人用のケーキを買うのは、なんだか悲しい気持ちになってしまいます。
だから、結局買わない選択をしてしまうのです。
誰も祝ってくれない孤独感
帰宅しても、いつも通りの時間に保育園に迎えに行き、子どもは「今日、ママの誕生日」なんて知らない。
親からのメッセージも来ないし、友達からの連絡も期待できません。
特に離婚後は、親からの連絡が減ることもあります。
親友からの連絡も「期待しない」と心の中で決めている自分がいます。
誕生日の罪悪感

子どもが「ママ、誕生日おめでとう」と言ってくれることは嬉しいけれど、その言葉を聞くたびに申し訳なさが募ります。
子どもに「ママの誕生日を祝わせている」という罪悪感があるのです。
親としての責任に追われている中で、女性としての自分や個人としての自分が消えていく感覚が、誕生日の意味を失わせてしまうのです。
誕生日が意味を失う理由
親戚との関係が疎遠になり、友達も「知人」レベルになってしまった今、誕生日を祝ってもらうことは期待できません。
配偶者がいれば「誕生日おめでとう」と言ってくれる人がいるけれど、シングルマザーにはその言葉をくれる大人がいないのです。
子どもの「おめでとう」だけが、私の誕生日を祝う言葉になってしまう。
誕生日を大切にする方法

私たちシングルマザーも、自分の誕生日を大切にすることが必要です。
子どもの誕生日を祝うように、自分の誕生日も祝うべきではないでしょうか。
自分で好きなケーキを買ったり、子どもと一緒に「今日はママの誕生日だから、何か特別なことをしよう」と提案することで、誕生日の意味を取り戻すことができるのです。
家族の記念日としての誕生日
「ママの誕生日は、家族の日」と定義することで、毎年同じ食べ物を食べたり、同じ場所に行くという「家族の儀式」を作ることができます。
その儀式が、子どもの記憶に「ママの誕生日」を刻むのです。
最後に

誕生日を完全に忘れてしまうというのは、シングルマザーの現実を象徴しています。
その中には、親としての責任の重さや個人としての自分の消失、孤立感が詰まっています。
でも、その忘れに気づいた時、何かが変わる可能性もあるのです。
自分も人間であること、自分の存在も大事であるという認識があれば、誕生日も意味を取り戻すことができるのです。
親が自分を大事にしている姿を見て、子どもも自分を大事にするようになるのです。
誕生日を「親としての誕生日」ではなく「自分としての誕生日」として取り戻す勇気が、シングルマザーの人生を少し変えるのではないかと思います。


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